鹿児島地方裁判所 昭和28年(ワ)73号 判決 1955年1月25日
原告 陣川栄一郎 外一名
被告 国
主文
原告等の請求を棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
事実
原告等訴訟代理人は「被告は原告等に対し金百五十万円及び内金百万円に対する昭和二十八年三月十日から、残金五十万円に対する同年十月二十一日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として
一、原告等は熊本地方裁判所天草支部昭和二十五年(ケ)第二号船舶競売事件において、昭和二十六年一月二十九日の競落許可決定により別紙目録<省略>記載の船舶第一福丸(以下単に本件船舶という。)を代金百万円で競落してこれを共有するに至つたので、前所有者たる訴外荒木福旺から同年三月末に串木野市島平港で本件船舶の引渡を受けたうえ、訴外川越亘にこれが保管方を依頼していた。
二、しかるに右荒木福旺は同年四月初頃に原告両名を被申請人として本件船舶に対する仮処分を前記天草支部に申請し、同裁判所において同年(ヨ)第九号事件として同月九日に「一、被申請人両名は本件船舶につき、売買、贈与、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分をしてはならない。二、本件船舶に対する被申請人両名の占有を解き申請人の委任する執行吏にこれが保管を命じ、右執行吏は該船舶につき、右仮処分の執行につき適当な方法を講ずることができる。」との仮処分決定がなされたので、同月十三日に鹿児島地方裁判所川内支部執行吏黒木重栄に右仮処分の執行を委任したところ、同執行吏はその代理小杉利秋に命じてこれが執行をなさしめたが、右小杉は翌十四日に串木野市島平港において本件船舶に対する原告等の占有を解き、これを自己の占有に移したうえ、更にこれを申請人たる荒木福旺に保管させ、かつ、右仮処分決定の趣旨を記載した公示札を船体に打ち付けてその執行を終えた。
三、しかして訴外荒木福旺から原告両名に対する右仮処分の本案訴訟は前記天草支部に昭和二十六年(ワ)第一九号事件として係属中のところ同年十月九日に訴の取下により終了し、また右仮処分決定に対する同年(モ)第四一号異議申立事件については、同年十二月二十八日に、前記仮処分決定を取り消し、申請人の仮処分申請を却下する旨の判決があり、この判決はその当時確定した。
四、これより先き原告等は前記執行吏から本件仮処分執行の通知を受けたので、直ちに串木野市に馳せ付けたるも、本件船舶はすでに存在せず、これを右執行吏に訴えるも取り上げられず、やむなく串木野警察署、九州海運局三角支局に依頼して百方捜査したけれども全く行先不明で現在に至つた次第であるが、これは右仮処分の執行により本件船舶の保管を命ぜられた訴外荒木福旺が自己の占有中にあるのを奇貨として執行後間もない同年四月十六日頃に不法にも仮処分中の本件船舶を勝手に運航して住所も不明の他人に貸与したがためであつて、うわさによれば密船舶として琉球島で米軍に没収されたということである。
五、原告等は前記三の確定判決に基づいて、昭和二十七年二月四日に前記執行吏に対し、本件仮処分の執行取消の手続を求めたけれども本件船舶が執行の場所に存在しないため取消は不能に帰した。従つて本件船舶は右日時当時に滅失し、原告等は該船舶の所有権を喪失したものといわなければならない。
六、右のように本件船舶が滅失したのは、本件仮処分の執行によつて執行吏代理の保管となつた本件船舶について、執行吏代理が保管者の選任並びに執行方法において適当の手段を講ずることを怠つた過失に基因するものである。すなわち
(一) 申請人荒木福旺を保管者に選任したことに過失がある。執行吏代理小杉利秋は前記のとおり本件仮処分の執行によつて本件船舶の保管者となつたが、更にその保管を訴外荒木福旺に命じた。しかしながら船舶の仮処分にあつては船舶の監守及び保存のために必要な処分は債権者の申立により裁判所がこれをすることゝなつているから(民事訴訟法第七百五十六条、第七百五十三条参照)右荒木福旺に本件船舶の保管を命じたのは裁判所の命令によつたものではない。従つて仮処分による保管者はあくまで執行吏代理小杉利秋であつて、荒木は右小杉の手足として事実上の保管をしているに過ぎないから、これによつて右小杉の保管責任が解除さるべきものではない。しかるに前記のとおり右荒木の不法運航によつて本件船舶は喪失するに至つたのであるから、右小杉が荒木に本件船舶の保管を命じたことは、適当な保管者の選任の過失があつたものといわなければならない。されば右荒木の不法行為に基づく責任は右執行吏代理小杉に帰し、従つて同人に代理を命じた執行吏黒木重栄においてこれが責任を負うべきものである。
(二) 本件仮処分の執行方法には次のような過失がある。
(1) 本件船舶についての仮処分の執行は前記のように単に公示札を打ち付けたのみでは不十分であつて、該船舶の機関の要部等の部分に船の運航を不可能ならしめるような適当な施設手段方法を講ずべきであつた。しかるに、これを怠つたがために前記のとおり荒木に不法運航の余地を与えたものである。
(2) 本件船舶は民事訴訟法第七百十九条により執行手続中差押の港たる串木野市島平港に碇泊せしむべきであつた。しかるに、かかる執行方法を採らず、現に本件船舶に対する仮処分調書を見るも、差押船舶の碇泊場所さえもこれを指示していない過失のあることが明らかである。さればこそ前記のとおり荒木をして不法運航の隙に乗ぜしめたのである。
しかして執行吏代理並びに執行吏が何人を保管者に定め、また如何なる執行手続を採るかはその自由裁量に属するところではあるけれども、前記のとおり保管者の選任並びに執行方法に過失があつたがために、原告等は本件船舶喪失の結果を招来したものであるからその責は執行吏自ら負うべきものといわなければならない。
七、本件船舶は優秀な漁撈船であつて、本件仮処分執行直前の昭和二十六年四月初頃に原告等と訴外川越政市との間に代金百五十万円でその売買契約が成立していたのであるが、本件仮処分の執行のためにその履行ができなかつた。ところが、その後における船価騰貴の一般的傾向から推定すれば本件船舶は前記滅失当時においては少くとも金二百万円相当の価格を有していたものということができる。従つて原告等は同額の損害を被つた次第である。
八、これを要するに執行吏は国の公権力の行使に当る公務員に準ずるものであるところ、執行吏代理小杉利秋がその職務の執行として本件仮処分の執行につき前記のような過失によつて本件船舶を滅失させ、よつて違法に原告等に損害を加えたのであるから国は右損害を賠償すべき責に任じなければならない。そこで原告等は被告に対し右損害賠償として金百五十万円及び内金百万円に対する本件訴状送達の日の翌日たる昭和二十八年三月十日から、残金五十万円に対する請求拡張申立書送達の日の翌日たる同年十月二十一日から、各完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ旨陳述し、被告指定代理人の主張に対し
(一) 原告等は昭和二十六年四月二十日頃に至つて初めて本件仮処分の執行通知を受けたのであつて、当時すでに本件船舶は荒木福旺が不法に運航し去り執行の場所に存在しなかつたのであるから被告主張の如く執行異議の申立をする機会はなかつたのである。従つて原告等には被告主張のような過失はないから被告の過失相殺の主張は失当である。
(二) 原告等が荒木福旺から昭和二十八年十一月三十日までに金二十四万五千円の支払を受けたことは認めるが、これは本件仮処分執行当時から本件船舶の滅失に至るまでの間に右船舶の運航により得べかりし利益の損害金として受領したものであつて、右船舶の滅失による損害金ではないから本訴請求の損害賠償額から控除すべき性質のものではない。
と述べた。<立証省略>
被告指定代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として
一、請求原因第一項のうち原告等がその主張のとおりの事由で本件船舶を共有するに至つたことは認めるが、その余の事実は知らない。同第二、三項の事実は認める。同第四項の事実は知らない。同第五項のうち執行吏が原告等から昭和二十七年二月四日に本件船舶の仮処分執行取消の申出を受け、執行を取り消したことは認めるが、その余の事実は知らない。同第六項ないし第八項の事実は否認する。
二、本件仮処分の執行方法には原告等主張のような過失はない。すなわち
(一) 原告等は執行吏代理小杉利秋が本件船舶の保管者として本件仮処分申請人たる荒木福旺を選任したことにつき過失があると主張するけれども、この主張は失当である。けだし執行吏が仮処分命令によりある物件の保管を命ぜられ、その執行方法につき適当な措置を講ずる権限を与えられた場合には、その執行方法について如何なる措置を講ずるかは、もとより執行吏の自由裁量に属する事柄であつて、船舶の仮差押仮処分等の場合船舶の取扱について専門の知識を有しない執行吏が自ら常時船舶を監守し、保存することは、現在の執行吏の人員及びその取扱事件数等から考えても全く不可能なことであるから、申請人あるいは被申請人もしくは第三者に保管せしめるのが事実上の慣例となつている。そこで本件の場合についてみると、黒木執行吏は昭和二十六年四月十三日に申請人荒木福旺から本件船舶に対し早急に本件仮処分の執行をして貰い度い旨の委任を受け、かつ船舶の保管者として自分を選任せられ度いとの申出があつたので、右荒木が本件船舶に対して直接かつ重要な利害関係人であること、荒木が自分は造船業を経営していると称していたこと、荒木が本件仮処分決定において保証金二十五万円を供託していること及び本件船舶の監守保存について多額の費用を要すること等を考慮し、第三者に保管せしめるよりも荒木に保管せしめた方が船舶の保管上最も適切妥当な措置であると信じ、翌十四日には自ら差支のため、執行吏代理小杉利秋に命じて本件仮処分の執行を実施せしめたものであるが、執行吏代理小杉は本件仮処分の執行に当つては、仮処分決定の趣旨を記載した公示札を船長室に打ち付けるとともに、執行に立ち会つた保管者荒木に対しては、善良な保管者の注意をもつて保管し、颱風等による緊急避難の場合のほかは、絶対に碇泊地以外に船舶を運航してはならない旨を厳達しているのである。右のような次第であるから黒木執行吏等が本件船舶の保管者として荒木を選任したことは、執行方法としてまことに適切妥当な措置であつたというべきであつて、何等違法の点がなく同執行吏等には故意も過失もない。そもそも仮処分の執行は迅速を要するものであるから、執行吏に原告等主張の如き注意義務を期待することは無理なことであつて、かりに保管者荒木福旺に不法行為があつたとしても、それをもつて直ちに執行吏に注意義務を怠つた過失があるとして執行吏に選任を負わしめることは酷に失するものというべきである。執行の適正を期するの余り、すなわち、執行吏の責任を余りに加重視することは、国家の執行機能の畏縮をもたらす惧があると考える。
(二)(1) 原告等は執行吏が本件船舶に対し仮処分の執行をするに当り、前記の如く単に仮処分決定の趣旨を記載した公示札を打ち付けたのみで、船舶の機関の要部等の部分に船の通航を不可能ならしめるような適当な施設手段方法を講じなかつたことは、仮処分の執行方法として過失があると主張するけれども、船舶に対する仮処分の執行方法として執行吏には原告等主張の如き措置を採るべき義務もなければ必要もない。すなわち、執行吏としては船舶につき仮処分決定の趣旨を明示した公示札を掲げれば十分であつて、それ以上の措置を採る必要はない。けだし執行吏が船舶に対し仮処分の執行をする場合について、原告等主張の如き船舶の運航を不可能ならしめるような措置を採るべき旨の法律上の遵守規定もないのみならず、もし仮処分の公示札を無視して勝手に船舶を他に運航せしめた者がある場合には、その者は仮処分の標示を無効ならしめたものとして、刑法第九十六条の罪に問われるのであるから特に船舶の機関部等に船の運航を不可能ならしめるような施設を講ずる必要はない。かような措置を採ることは颱風等の災害の場合退避不能により却つて船の保管上不測の損害を発生せしめる危険が大であり、また船舶はその保管上機関部等の錆付や船体の腐蝕防止、あるいは修理等のため時々移動させる必要のあることを考慮すれば、原告等主張の如き措置を採ることは船舶に対する仮処分の執行方法としてはむしろ必要の程度を超えたものといわなければならない。
(2) 本件船舶は本件仮処分執行当時串木野市島平漁業協同組合の管理する島平港ドツク内の船台上にあつて、該ドツクは四、五十トン級の船舶六隻位を入渠させ得る約五百坪の広さを有し、ドツクの正面南側は直接海面に接し、ドツクの底はコンクリートで固めた斜面にレールが敷施され、船は動力で引き揚げる装置となつており、ドツクの周囲には高さ五尺ないし十尺の石垣をめぐらし、ドツクの傍にはこれを管理するために小屋式事務所一棟が設けられていたが、執行吏代理小杉は本件船舶に対し仮処分の執行をするに当り叙上の現場の状況を考慮に入れ、本件船舶の船長石田新市立会のもとに、荒木に本件船舶の保管を命じ船長室に原告等主張の如き公示札を打ち付けるとともに、荒木に対しては、善良な管理者の注意をもつて保管し、颱風等による緊急避難の場合のほかは、絶対に碇泊地外に運航してはならない旨厳達している。従つて執行吏代理小杉のなした本件船舶の執行方法は適法であつて原告等主張のような過失はない。
以上のような次第であるから、たとえ保管者荒木福旺の不法行為により原告等に損害があつたとしても、執行吏に過失がない以上被告には損害賠償の義務はない。よつて原告等の本訴請求は失当として棄却さるべきものである。
三、かりに本件船舶の仮処分の執行方法が違法であつたとしても、本件損害の発生については、原告等にもまた過失がある。すなわち、黒木執行吏等のなした本件執行方法が、かりに違法であつて、原告等に異議があつたとすれば、原告等としては直ちに執行方法に関する異議の申立をして執行吏の過誤の是正を求むべきものである。民事訴訟法第五百四十四条はまさにこのような場合を予想して設けられた規定である。もし原告等がこの手続を採りさえすれば原告等はその損害を免がれ得た筈である。しかるに原告等はこの点を看過し容易に採り得る法定の救済手段を採らずにその処分を甘受していたものである。従つて原告等に損害が発生したとしても、その損害の発生については、原告等にも過失があるから被告は過失相殺を主張する。
四、なお、かりに一歩を譲り被告に損害賠償の義務があるとしても、原告等は本件船舶の滅失により喪失した得べかりし利益の賠償として訴外荒木福旺から昭和二十八年十一月三十日までに金二十四万五千円の支払を受けているのであるから右賠償を受けた金額は原告等の本件船舶に対する滅失当時の損害金百万円から当然控除さるべきものである。(大正十五年五月二十二日大審院民刑連合部判決参照)と述べ、被告の前記過失相殺の主張に対する原告等の再抗弁に対し原告等が本件仮処分の執行通知を受けた日時は、遅くとも昭和二十六年四月二十日頃であつて、(乙第二号証仮処分調書上部欄外の記載参照)当時本件船舶は、まだ島平港に存在していたばかりでなく、その後原告等は右執行通知により同港に赴き本件船舶及び仮処分の公示札を現認しているのであるから、その間に執行方法に関する異議の申立をする機会は十分にあつた筈である。従つて原告等が右申立をしなかつたことはその過失であるといわなければならない。
と述べた。<立証省略>
理由
原告等が熊本地方裁判所天草支部昭和二十五年(ケ)第二号船舶競売事件において、昭和二十六年一月二十九日の競落許可決定により本件船舶を代金百万円で競落してこれを共有するに至つたこと。訴外荒木福旺が同裁判所に原告両名を被申請人として本件船舶に対する仮処分を申請し、昭和二十六年(ヨ)第九号事件として同年四月九日に「一、被申請人両名は本件船舶につき売買、贈与、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分をしてはならない。二、本件船舶に対する被申請人両名の占有を解き申請人の委任する執行吏にこれが保管を命じ、右執行吏は該船舶につき右仮処分の執行につき適当な方法を講ずることができる。」旨の仮処分決定がなされたところ、同月十三日に鹿児島地方裁判所川内支部執行吏黒木重栄に右仮処分決定の執行を委任したこと。同執行吏はその代理小杉利秋に命じてこれが執行をなさしめたが、同人は翌十四日に串木野市島平港において、本件船舶において本件船舶に対する原告等の占有を解きこれを自己の占有に移したうえ、更にこれを右荒木福旺に保管させ、かつ前記仮処分決定の趣旨を記載した公示札を船体に打ち付けてその執行を終えたことは当事者間に争いのないところである。
しかして成立に争いのない甲第三、四号証、同第五号証の一、二、乙第三号証及び証人小杉利秋(第一、二回)、川越政市、川越亘、石田新市の各証言並びに原告本人太田音次郎の尋問の結果に弁論の全趣旨を総合して考えると、原告両名は前示のとおり本件船舶の共有者となつたので前所有者たる荒木福旺から昭和二十六年三月末に串木野市島平港で本件船舶の引渡を受けたうえ、訴外川越政市、越川亘に依頼して修理のために島平漁業協同組合の管理する同港内のドツクに同年四月九日頃に入渠させ、かつ同人等にこれが監視保管方を依頼していたものであるところ、該ドツクは四、五十トン級の船舶六隻位を入渠させ得る約五百坪の広さを有し、ドツクの正面南側は直接海面に接し、ドツクの底はコンクリートで固めた斜面にレールが敷設され、船は動力で引き揚げる装置となつており、ドツクの周囲には高さ五尺ないし十尺の石垣をめぐらし、ドツクの傍にはこれを管理するために小屋式事務所一棟が設けられており、本件船舶は当時右ドツク内の船台上にあつて修理中であつたが、前示のとおり同月十四日に本件仮処分の執行がなされ執行吏代理小杉利秋は本件船舶に対する原告等の占有を解きこれを自己の占有に移したうえ被申請人等は本案判決確定に至るまで右船舶の一切の処分をしてはならない。もし右仮処分決定の趣旨に違反する行為をなし、または公示札等を破棄するときは刑罰に処せられるべき旨を告知して、外部から見易い船長室前部の船体に本件仮処分決定の趣旨を記載した公示札を打ち付け、更に執行に立ち会つた荒木福旺に対して本件船舶を保管させることとし、かつ、同人に対しては善良な管理者の注意をもつて保管し、颱風等による緊急避難の場合のほかは、絶対に右執行の場所から他に運航してはならない旨を厳達したのである。従つて右荒木福旺は本件船舶が仮処分中であり、勝手に他に運航することのできないことは十二分に知りながら不法にもこれを無視し、右仮処分執行後間もない頃前記ドツクの係員に対し本件船舶をドツク内の船台から下ろしてくれと強く迫るとともに、原告等から本件船舶の監視保管方を依頼されていた川越亘並びに本件船舶の船長として本件仮処分の執行に立ち会つた石田新市に対しても本件船舶をドツクから下ろして他に運航する旨告げたのに、同人等の誰れ一人においてもあえてこれを制止しなかつたがために、遂に本件船舶を勝手に右ドツクから下ろして他に運航し去り、訴外上馬岩蔵にこれが再保管を依頼したというのみで、その後その行先は不明となつてしまつた。右荒木の不法運航を知つた原告等においては直ちに九州海運局三角支局、串木野警察署、鹿児島県外事課等に対し本件船舶の捜索方を依頼する等百方手を尽して捜索を続けたけれども、遂にその後の本件船舶の行先消息は全く分明せず、当時米軍占領下にあつた奄美大島の古仁屋港で修繕をしたとかのうわさを聞いただけで、本件船舶が今なお、何処にか実在しているものか、はたまた、すでに沈没したものか、沈没したとすればその時期場所等については、何等の手がかりをも得られないまま現在に及んでいるという事実を認定することができる。右認定を覆えすに足る証拠はない。
右認定の事実によれば、本件船舶が物理的に滅失した事実は明らかではないけれども、叙上の如き事情のもとにおいては、もはや再び所有者たる原告等の手に復帰することは到底期待することのできないものと断ぜざるを得ないから、法律上においては本件船舶はすでに滅失したものというべく、従つて原告等はその所有権を喪失したものと認めるのが相当である。
そこで原告等は本件船舶の滅失によりその所有権を喪失するに至つたのは、前記のとおり執行吏代理小杉利秋が本件仮処分の執行に当り、右仮処分の申請人たる荒木福旺を本件船舶の保管者に選任したこと並びに執行方法において適当の手段を講じなかつたことの過失に基づくものであると主張するので、原告等主張の如き過失があるか否かの点について順次に検討する。
本件仮処分決定においては前記のとおり本件船舶に対する原告両名の占有を解き、執行吏にこれが保管を命じたうえ、執行吏に対し右船舶に対する仮処分の執行について適当な方法を講じ得る権限を与えているのであるから、執行吏はその執行方法について自己の自由裁量により仮処分の目的を達するために適当と信ずる措置を採ることができるものというべく、従つて執行吏はその与えられた権限に基づき、合理的に考えて適任者であると信じ、かく信ずるについて過失がない限り申請人、あるいは被申請人、もしくは第三者に対しても本件船舶を保管させることができるものといわなければならない。けだし執達吏規則第十条によれば「執行吏はその職務を行うべき命令、もしくは委任を受くるときは正当の理由なくしてこれを拒むことを得ない。」こととなつているところ、従来裁判所が仮処分を命ずる場合において、執行吏に対し、ある行為を命じ、またはその協力を要求し、もしくは執行吏に重大な責務を伴う内容の処分を命ずる場合においてすらも、法律上においてあらかじめ執行吏の意見を聴くべき旨の規定がないとはいえ、殆んど、あらかじめ執行吏の意見を聴くことなく、その都合を深く顧慮する等のこともなくして仮処分命令が発せられている実務上の慣行に鑑みるときは、船舶に対する仮処分の執行の場合において、船舶の性状からしてその取扱について専門的の知識経験を有しないことを普通とする執行吏が常時自ら船舶を監守し保管することは到底至難の業というべく、これを執行吏自身に求めることは難きを強いるものとのそしりを免れないものといわざるを得ないからである。
しかして執行吏の職務上の義務違背についてその過失の有無を判定するには、普通一般の執行吏として適当な注意を尽したか、否かを標準とすべきものであるから、これを本件の場合について考究すると、成立に争いのない乙第一、二号証及び証人黒木重栄、小杉利秋(第一、二回)、石田新市の各証言を総合すれば、執行吏黒木重栄は昭和二十六年四月十三日に申請人たる荒木福旺から本件仮処分決定の正本を示されて本件船舶に対し早急に右仮処分の執行をして貰い度いとの委任を受け、かつ右船舶は自分に保管させて貰いたいとの申出があつたので、同人が右仮処分決定において保証金二十五万円を供託しており、本件船舶に対して直接重要な利害関係を有すること、同人が自分は天草で造船所を経営しており、本件船舶も自分の造船所で建造したものであると称し天良造船所の経営者たる名刺を示したので同人は船舶については相当の経験を持ち、また造船所の経営者であるということであるから相当の資産を有するものと推察されたこと。本件船舶の監守保存について多額の費用を要すること等を考慮し、第三者に保管させるよりも、むしろ右荒木に保管させる方が本件船舶の保管上最も適切妥当な措置であると信じて、同人に保管させるべく決意し、同人に対しては善良な管理者の注意をもつて保管すべき旨を注意したうえ、翌十四日には自ら差支のため、執行吏代理小杉利秋に対し、本件仮処分決定の趣旨を告げて本件船舶は前記の理由からして荒木に保管させるのを適当と認めるから、現場に赴き特別な事情の変更がない限り荒木に保管せしむべき旨を命じて本件仮処分の執行をなさしめたのであるが、右小杉は前に説明したとおりの執行方法を採り自らもまた黒木執行吏と同一の理由により本件船舶は荒木に保管させることを適当と認めたので荒木に対して十二分の注意を与えて保管方を命じてその執行を終了した事実を認めることができる。右認定を覆えすに足る証拠はない。
しかして右認定の事実によれば、執行吏黒木重栄並びに執行吏代理小杉利秋において、本件仮処分執行当時の前記の事情からして本件船舶の保管者として、たとえ申請人とはいえ荒木福旺を適任者と信じて選任したことについては、一応合理的の理由があつたものと認められ、かく信ずるについて過失があつたものとは認められないのみならず、同人等においてあらかじめ、右荒木が本件船舶の保管者として不適任であることを知り、または知り得べかりしにかかわらず、あえて同人を保管者に選任したことの故意または過失を認めるに足る証拠は何等存在しない。
次に原告等は本件船舶に対する仮処分の執行としては単に仮処分決定の趣旨を記載した公示札を打ち付けたのみでは不十分であつて、該船舶の機関の要部等の部分に船の運航を不可能ならしめるような適当な施設手段方法を講じなかつたことについて、仮処分の執行方法として過失があると主張するけれども、船舶に対する仮処分の執行方法として執行吏において、かかる措置を採るべき成法上の根拠のないことはまさに被告主張のとおりであり、前に説明したとおり本件仮処分の執行は串木野市島平港のドツク内の船台上で当時修理中の本件船舶に対してなされたものであるから前記の執行方法をもつて必要にして十分な措置であつたというべく、原告等主張の如き措置を採ることは却つて必要の程度を超えたものといわざるを得ない。
更に原告等は本件船舶は民事訴訟法第七百十九条により執行手続中差押の港たる串木野市島平港に碇泊せしむべきであつたにかかわらず、かかる執行方法を採らなかつたのは執行吏の過失であると主張するけれども、前に説明したとおり本件船舶は本件仮処分執行当時島平港に碇泊していたのではなく、同港のドツク内の船台上にあつて修理中であつたのであるから、執行吏代理小杉が当時の状況からして前段認定のとおりの執行方法を採つただけで十分であつて、特に碇泊場所を指示する必要はなかつたものというべきである。
以上説明したとおり原告等において主張するように執行吏黒木重栄並びにその代理小杉利秋に本件船舶に対する仮処分の執行に当り、保管者の選任並びに執行方法について過失のあつたことは、いずれもこれを認め難く、本件船舶が滅失したのは、前に説明したとおり全く荒木福旺が本件仮処分を根底から無視してなした故意による不法行為によるものであり、右執行吏等の過失に基づくものではないから、たとえ原告等において本件船舶の滅失によりその主張の如き損害を被つたとしても、被告においてこれが賠償の責に任ずべきいわれのないことが明らかである。
よつて原告等の本訴請求は責任原因の点においてすでに失当であるから、爾余の点についての判断を要せずしてこれを棄却すべきものとし訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 森田直記 小出吉次 中川幹郎)